東京高等裁判所 平成9年(行ケ)306号 判決 1999年2月09日
フランス国
13420 ジェムノ パルク ダクティヴィテ ドゥ ラ プレーヌ
ドゥ ジュク アヴニュ ドユ ピック ドゥ ベルターニュ(番地なし)
原告
ジェムプリュス カード アンテルナショナル
代表者
ベルナール ノナンタシェル
訴訟代理人弁理士
越場隆
岡部恵行
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
伊藤晴子
前川幸彦
小池隆
主文
特許庁が平成7年審判第15627号について平成9年6月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
主文第一項同旨の判決
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成4年1月10日、意匠に係る物品を「アイシーカード」(後に「集積回路内蔵カード」と補正。その形態は別紙第一のとおり)とする意匠登録出願をしたが(平成4年意匠登録出願第455号。優先権主張1991年7月11日フランス国第914379号)、平成7年3月22日拒絶査定があったので、平成7年7月20日審判請求をしたが(平成7年審判第15627号)、平成9年6月23日、出訴期間90日が付加された上「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月4日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
2-1 本願意匠は、その形態を別紙第一に示すとおりとしたものである
2-2 これに対し、原審において拒絶の理由として引用した意匠は、本願意匠の出願前の昭和60年12月5日に出願した昭和60年意匠登録願第50449号意匠(拒絶査定が確定している。)であって、その願書の記載及び願書に添付した図面によれば、意匠に係る物品を「照合カード」としその形態を別紙第二に示すとおりとしたものである。
2-3 そこで、本願意匠と引用意匠とを比較すると、両意匠は、意匠に係る物品が共に接点領域小片を有する身分証明(ID)カードとして使用されるものであって、同種の物品と認められ、その形態については、以下の共通点と差異点がある。
2-4 まず、両意匠の共通点としては、基本的構成態様において、全体形状を長辺と短辺の長さの比率をほぼ同じくする薄い隅丸横長矩形状の板体とし、板体の上方左端寄りの部位に隅丸横長矩形状の接点領域小片を設け、その小片内部の区画模様は、中央部に間隔を設けて、その左右に細い線で区切られな横長矩形状の小区画を複数個ずつ各縦一列に形成した点が認められ、さらに、具体的態様においても、接点領域小片内部の区画模様につき、その上端に横幅一杯に細幅の余地部を設けている点が認められる。
2-5 他方、両意匠間の差異点としては、1)引用意匠は、板体の表面上端寄りの部位に横幅一杯に細幅帯状の磁気ストライプを設け、その下方に接点領域小片を位置づけているのに対して、本願意匠は、当該ストライプは存在せず、また接点領域小片は引用意匠よりやや上方に位置づけている点、2)接点領域小片内部の区画模様について、ア)小区画の数について、本願意匠は、左方に2個、右方に3個設けているのに対して、引用意匠は、左右各方とも3個ずつである点、イ)引用意匠は、下端にも横一杯に上端と同幅の余地部を設けているのに対して、本願意匠は、下端辺の左方のみを上端と同幅の余地部としている点が認められる。
2-6 そこで、これらの共通点及び差異点を総合し、両意匠を全体として考察すると、この種物品においては、板体上の接点領域小片の位置、形状、及びその小片内部の構成態様が類否判断上の主栗な要素と認められるところ、両意匠のこれらの態様において、共に板体の上方左端寄りの部位に隅丸横長長方形状の接点領域小片を設け、その小片内部の区画模様は、中央部に間隔を設けて、その左右に細い線で区切られた横長矩形状の小区画を複数個ずつ各縦一列に形成した基本的構成態様は、共通する具体的態様と相まって両意匠の全体の基調を顕著に表出しているところと認められる。
これに対し、差異点として挙げた、1)接点領域小片の位置の差異は、引用意匠が磁気ストライプを有することから、その幅分だけ下方に移動することから生じる位置の差異であるが、この種物品分野において磁気ストライプを設けるか否かのその両態様ともごく普通に行われていることから両態様とも特徴がない上に、小片の位置の差も両意匠が共に板体の上方左端寄りという共通の領域内においてのわずかな位置の変更に帰し、またこの差に関し看者が特段注意を惹くものではないことから、いまだ軽微な差にとどまり、2)接点領域小片内部の区画模様にみられる差異について、確かに該小片内部の構成態様は類否判断上の主要な要素の一つであることは認められるものの、その模様のみを比較する場合はともかく、カード全体の意匠として観察した場合、カード全体の大きさに比べて小片の大きさが小さいものであるから、当該小片の区画模様は、意匠全体に対して相対的に視覚的な影響力が弱いものといわざるを得ない。そこで、これを前提にア)、イ)の各差異点を検討すると、ア)の小区画の数の差は、引用意匠の方が1個多いにすぎないことからもさほど目立つものではなく、またイ)の下端にみられる余地部の態様の差は、単に、本願意匠につき右方最下部小区画の縦線1本の有無の差と換言することができるわずかな差であることから、上記各差異点は、両意匠の中央部に間隔を設けてその左右に横長矩形状の複数個の小区画部を設け、さらに上端に横幅一杯に細幅の余地部を設けた態様等がもたらす共通感の中に埋没してしまう、限られた部位における細部に係る部分的変更の域を出ない差異ということができ、類否判断に与える影響は微弱なものというほかない。
そうして、上記の差異点が相まって、相乗的効果を生じる点を考慮しても、前記両意匠の共通点を凌駕して、これらが全体とし本願意匠に独自の特徴を与えるまでに至っているとは認め難く、両意匠の類否判断を左右するものとは認められない。
以上のとおり、本願意匠は、引用意匠と意匠に係る物品が共通し、形態においても、両意匠の形態の全体の基調を顕著に表出し、類否判断を左右するところにおいて共通するものであるから前記差異点があつても、結局、類似するものと認められる。
2-7 そうして、本願意匠は、意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人に係るものに該当せず、意匠登録を受けることができない。
第3 当事者の主張
1 原告主張の審決取消事由
(1) 審決の理由の要点2-1、2-2は争わない。
2-3のうち、本願意匠と引用意匠に係る物品がそれぞれ接点領域小片を有するカードであって、同種の物品である点については争わない。
2-4のうち、全体形状が長辺と短辺の長さの比率をほぼ同じくする薄い隅丸横長矩形状の板体である点は争わない。
2-5のうち、本願意匠と引用意匠との間に審決認定の差異点があることは争わない。
(2) 審決には、本願意匠と引用意匠との共通点を誤って認定した違法がある。
審決の理由の要点2-4における本願意匠と引用意匠との共通点の認定中、隅丸横長矩形状の接点領域小片を「板体の上方左端寄りの部位に」設けているとした点は、引用意匠については誤りであり、一方、接点領域小片の「中央部に間隔を設けている」とした点、及び接点領域小片内部の「上端に」横幅一杯に細幅の「余地部」を設けているとした点は、本願意匠については誤りである。
本願意匠では、接点領域小片の位置が板体の上方左端寄りの部位であるが、引用意匠では接点領域小片の下側約3分の1が板体の中心線にかかることから、中央付近左端寄りの部位というべきである。
また、接点領域小片内部の区画態様については、本願意匠では、接点領域上端部から中央部を経て下端部の左側まで連続した1個の接点であり、上段部から中央部を経て下端部の左側までの区画の連続性が強く印象づけられ、引用意匠と異なっている。
(3) 審決には、本願意匠と引用意匠との差異点を看過した違法がある。
本願意匠と引用意匠との間には、審決が認定した以外に、次の差異点がある。
<1> 本願意匠の接点領域の形状が視覚的にほぼ正方形と認められる矩形(原告の主張において、以下「正方形区画」と表記)なのに対して、引用意匠の接点領域は本願意匠に比べてかなり横長の長方形である。
<2> 接点領域小片内部の区画模様に関して、次の差異がある。
a) 本願意匠の正方形区画の中央部の幅が接点領域の横幅の3分の1を超えるのに対して、引用意匠では、中央部の間隔が接点領域の横幅6分の1未満と、接点領域に対して細くなっている。それに伴い、左側小区画と中央区画の中央部と右側小区画の各横幅の比が、本願意匠では4:5:4となっているのに対し、引用意匠では対応する部分の比は3:1:3となっている。
b) 本願意匠では、小区画が縦横比約7:10のカード型の長方形であるのに対して、引用意匠では、小区画が縦横比約1:3の本願意匠の小区画に比較して短冊状の横長の長方形になっている。
c) 本願意匠では正方形区画の上下端の区画の上下幅がそれぞれ接点領域の上下幅の約4分の1なのに対して、引用意匠ではそれが約7分の1となっている。
d) 本願意匠では、小区画、正方形区画の上下端の区画とも、内部に模様を有さないのに対し、引用意匠では、小区画及び下端の余地部のそれぞれ接点領域の端部に近い側の端部に丸い模様を有する。
e) 引用意匠は、接点領域小片内部の区画模様が左右及び上下のいずれもが線対称に構成されているのに対し、本願意匠では、これが対称でない。
<3> 審決は、磁気ストライプを設けるか否かのその両態様ともごく普通に行われていると認定したが(審決の理由の要点2-6)、本願意匠と引用意匠との比較上、磁気ストライプの有無は最大の相違点の一つである。
(4) 審決は、カード全体の意匠として観察した場合、当該小片の区画模様は、意匠全体に対して相対的に視覚的な影響力が弱いと判断したが、誤りである。例えば、ISO規格準拠のものならば、縦53.92~54.03mm、横84.47~85.72mmという寸法を有し、その場合の本願意匠の接点領域の大きさは縦約11mm、横約13mm、引用意匠の接点領域の大きさは縦約12.5mm、横約18.5mmとなる。この接点領域の寸法は、カードが手に持って間近で扱う物品であることを考慮すれば、十分看者の注意を惹く大きさである。カード全体の形状が規格によりほぼ同一なので、看者の注意は、自ずと差異がある接点領域へ集中しやすい。
これらの点を勘案すれば、審決が認定した2)イ)の相違点及び原告主張の上記相違点は、本願意匠に独自の特徴を与えるものというべきである。
2 取消事由に対する被告の認否、反論
(2)の主張について
引用意匠の接点領域小片の下側約3分の1(実測は約5分の1)が板体の中心線に係るとしても、引用意匠の小片の大部分は上方左端寄りの領域内に属する。
その他の(2)における原告主張の点は、本願意匠と引用意匠との類似の範囲内にとどまる。
(3)の主張について
審決は、原告主張の差異点には言及していないが、これらは、小片のみに係る微細な差異点である。審決は、その認定に係る2)のア)、イ)の差異点(小区画の数及び余地部)の認定で十分との判断から原告主張の差異点には言及しなかったものである。
原告主張の<1>の差異点(接点領域小片の形状)は、ICカードを使用する種々の読取装置の精度に応じて適宜設計変更される点に係る。意匠的効果からみれば、接点領域小片(IC端子盤)の縦横比の差異がよほど顕著なものでない限り、微細な差異としてしか取り扱えない。原告主張の<1>の差異点は、審決が共通点として認定した隅丸横長矩形状の範囲に包含されるものであって、意匠的効果の観点からは、ほとんど評価することができない程度のものである。
原告主張の<2>a)~c)の各差異(区画模様の形状等)も、接点領域小片全体の形状差(縦横比の差)にほとんど付随する差異にすぎない。
原告主張の<2>d)の差異(丸い模様の有無)も、他の磁気ストライプの有無等の視覚上大きな差異に比べれば、小さな問題である。
原告主張の<2>e)の差異(区画模様の対称性)は、審決認定の2)イ)の差異点における小片下端の余地部の態様の差異を、言葉を換えて述べただけのものである。
<3>も争う。審決は、原告主張のように、視覚的効果による印象のみで類否を決したのではなく、創作価値の存否を評価の基本としたものである。磁気ストライプ自体にはほとんど創作価値がなく(磁気ストライプの態様はJIS規格で定められた必然的形態である。)、意匠の類否判断において、磁気ストライプの有無は、通常判断要素として低く評価すべきものである。
(4)の主張について
審決は、両意匠の形態を客観的に認定し、その種物品分野の先行意匠等を参照しつつ、共通点、差異点の軽重を、創作価値と視覚的影響力の観点から客観的に総合評価する姿勢に基づいて判断しているから、何ら誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 審決の理由の要点のうち、本願意匠と引用意匠に係る物品がそれぞれ接点領域小片を有するカードであって、同種の物品であること、本願意匠と引用意匠が全体形状が長辺と短辺の長さの比率をほぼ同じくする隅丸横長矩形状の板体であることは、原告も争わないところである。
そして、両意匠の間に、1)の差異点(磁気ストライプの有無及び接点領域小片の位置の差異)及び2)のア)(小片内部の小区画の個数の差異)、イ)(小片の下端余地部の形状の差異)の差異点が存することは、審決の認定するとおりと認められる(当然、原告も争っていない。)。
2 そして、上記の差異点を更に敷衍すると、次のように認められる(別紙第一、第二参照)。
(1) 本願意匠の接点領域小片の全体形状は、引用意匠のそれが横長の長方形であるのに比して、より正方形に近いものとなっている。
(2) 本願意匠の接点領域小片は、その左側部中央をその左部の2分の1の長さにわたって、小片の上下1辺の3分の1に満たない深さで切り欠き、右側部の下から上方向4分の3を小片の横の1辺の3分の1に満たない深さで切り欠き、左側切り欠き部分に2個、右側切り欠き部分に3個の小区画を小片の外側に沿って配置したものである。これに対し、引用意匠の接点領域小片は、小区画が左右に3個ずつ対称に配置されている。
(3) 本願意匠の接点領域小片の中央部の幅が接点領域横幅全体の3分の1を超えるのに対して、引用意匠では、中央部の間隔が接点領域の横幅全体の6分の1未満と、接点領域に対して細くなっている。それに伴い、左側小区画と中央区画の中央部と右側小区画の各横幅の比が、本願意匠ではおよそ4:5:4となっているのに対し、引用意匠では対応する部分の比はおよそ3:1:3となっている。これに伴い、引用意匠は、小区画が本願意匠よりも横に細長い印象のものとなっており、これに対し、上記のような形状の本願意匠の接点領域小片及び内部の小区画は、より正方形に近い印象を与える。
(4) 接点領域小片の位置が、本願意匠では、板体の上方左寄りの部位であるが、引用意匠では接点領域小片の下側約4分の1が板体の中心線にかかっており、中央付近左寄りの部位に位置する印象を与える。そして、引用意匠には磁気ストライプが存し、接点領域小片はその下部左側に位置するが、本願意匠には磁気ストライプが存しないことから、引用意匠が磁気ストライプの下部に圧迫されて位置する印象を与えるのに対し、本願意匠の接点領域小片が板体のより上方に位置している関係が、強く印象づけられる。
3(1) なるほど、被告主張のように、磁気ストライプの態様はJIS規格で定められた必然的形態であって(乙7)、審決認定のように、磁気ストライプを設けるか否かの両態様はごく普通に行われているおり、磁気ストライプ自体に創作価値があることは疑わしいといえよう。しかしながら、磁気ストライプを設けることによって、板体における接点領域小片の位置の印象に影響があることも否定することはできない。
(2) これに加え、上記2(1)、(3)、(4)のように、本願意匠では、引用意匠よりも正方形に近い形状の本願意匠の接点領域小片が、長方形である隅丸横長矩形状の板体の上方左寄りの部位に位置する中で、板体と同様長方形の形状を有し、上方中央付近左寄りの部位に位置する引用意匠の接点領域小片に比し、より正方形に近く、上方に位置する印象を与えていることを合わせ観察すると、両意匠の接点領域小片の位置は、同様の形状の板体の左方の上方に位置するという共通点を有するものの、本願意底の接点領域小片の板体における位置及び形状は、引用意匠のそれとは明らかに異なり、上記共通点を凌駕する印象を与えるものと認められる。
(3) 接点領域小片内部の区画模様についての差異、すなわち、区画の上下端の区画の上下幅の差異、区画内部に丸い模様を有するか否かの差異、内部の区画模様が左右及び上下において線対称に構成されているか否かの差異も、それぞれは細かな差異であるが、上記(2)の接点領域小片の板体における位置及び形状の印象の差に影響をもたらしていることは否定することができない。
(4) そして、共通点を超えて明らかに異なった印象を与える上記(2)の相違点は、本願意匠と引用意匠とが類似するものと認めることができないものにまで達しているものというべきである。
4 そうすると、本願意匠と引用意匠とは類似するとした審決の認定判断は誤りであり、審決は、両意匠の類否判断を誤ったものというべきである。
第5 結論
以上のとおりであり、審決は取り消されるべきである。
(平成10年12月24日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
別紙第一 本願の意匠
意匠に係る物品アイシーカード
説明 左側面図は右側面図と同一にあらわれる。
底面図は平面図と同一にあらわれる。
<省略>
別紙第二 引用の意匠
意匠に係る物品照合カード
説明 左側面図は右側面図と、底面図は平面図とそれぞれ同一のため省略する。
<省略>